鉄瓶の謎

梅雨入り前までの時期、一番の楽しみは夕方の屋外で飲むビール。
仄かにアカシアの花の香りがしたり、これとは特定できない良い
香りの風が吹く。



ちょっと強めの風が大木を揺らすのを眺め、木々のざわめきや
小鳥の鳴き声、遠くの山並み、そしてまた、オレンジ色の
日の光に遠い日の記憶を思い出したりする至福のひと時。

何物にも代えがたい幸福感に包まれているその場面に、非常に


不思議な存在がそこにある。

ホームセンターで買ってきたタープの下、キャンプ用のテーブル
が置いてある。
その端の奇妙な位置に「鉄瓶」が置いてある。


それは妻の鉄瓶で、冬の間から、ついこの間まで薪ストーブの
上にのっかていたものだ。

それが、なぜ? こんな所にあるのか?



その理由を妻に問えば、簡単な話ではないかと思うでしょう。
ところが、私には妻にあまりものを聞けない理由がある。

この間も「缶に入った煎餅は、どこへ行ったのでしょうか?」
と聞いたら、答えは「私は隠しませんよ!」だった。

妻にものを聞くと、機嫌が悪くなるのだ。

「この間まで、下駄箱の中にありましたけど」
続けて、つっけんどんに答えられた。
(下駄箱の中に煎餅の缶があるというのもおかしな話だが
 外での作業をしている時のお茶うけなのだ。
 正確に言えば、下駄箱を兼ねた物入れだと思って
 いただければよい)





あった!


煎餅の缶が見えないように、その前に荷物が置いてあった。




こんな風に、私が見えないところ、気がつかない場所に
隠されてしまうことが日常だ。

それが、電子レンジのなかだったり、外の漬物ダルの上
だったり。とても意外な場所に置いてあるので、見つけにくい。
それでも妻とすれば、隠すつもりは全くないのだそうだ。
そんなこんなで、妻は、私がものを聞くと嫌がる。
私も、ものを聞きにくい状態となっている。



でも、私は腹を立てない。
「ごめんなさい」と言って、一人で別の場所に移動する。

ものを尋ねると機嫌を損ねるのだから、ものを聞かなければよい。
私も、不愉快にならずに済む。

だから、妻にはものを尋ねない。



鉄瓶の謎が解けるのは、いつになるのだろう?